やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

余談-20200922(卑屈を抜ける話)

あんまり自分のこと無価値って思わないな、思いたくないな、と言う気持ちが出てきた。
こんなに働いてるのに報われない、とかもそこまでないな。

いろんなものに頼ってこの一年間やってきたけれど、多少なりとも芽が出たのだろうか?
だとしたら、それはとても嬉しいことだ。

カウンセリングとか、周りの人とか、いろんなものを巻き込んでたくさんもがいて生きてきた。もともとが自分にも他人にも厳しく振舞うような傾向があり、自分を厳しく厳しく追い込めば成果が出ると信じていたね。

それが、正しい努力ではないと感じていても。
自分が嫌だと思うことでも。

やりたくなったからラジオ体操とスクワットをした。
長いこと筋トレができていなかった私からするとこれは快挙だ。
やってみたら、とても気持ちよかった。明日もまたやりたいなと思えた。
そういうことを日々のルーチンに組み込むのがよさそう。
自分が嫌なことって、その時の自分にはできないことかも。

母親から言われていたのは、「お前は自分がしたいことしかしない、できない」
呆れたような、嘲笑するような口調で言われいていたね。
そんなことはない、私はなんだってできる、とやりたくないことをたくさん、たくさんしていた。自分がやったことは、親への犯行だった。
もっと自分の心の声とか、何がしたいかとか、問えばよかったがそれはできなかった。

どこかにいると信じていた誰かウケの自分と構造は同じか。

もちろん仕事とか社会生活を営む上でやらなきゃいけないことはする上での話として、
プライベートの自分とか、仕事での評価を上げていく自分とか、そういうのに課すものはやりたいことがいいな。

本当に底の底にいるときはToDoリストとかやりたいこともあがってこなくて、底から少し浮上したら今度は自分を苦しめるようなToDoリストになって、今は…やりたいことリストが作れるようになった。えらいね。

これが親を手放すこと、過去を手放すことと結びつくような気がしている。
身体のこと、心のこと、ままならないことは多いが、自分の良い思考の記録としてこれを記す。

これからの自分に幸あれ。

(よければマシュマロ頂けると嬉しいです)

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