やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

吐き出し-お金のことなど

カウンセラーさん宛。

基盤メンテに集中してたら発熱した日。

 

自分の首を絞めたり、自我を吸いつくして空っぽにしてる主犯は自分なんだよなぁーーーーーつらいね。

人の言葉を正として、人を手本に自分をやると、それは自分をやったことにはならなくて。
いかに過去が重くとも、それに依ってちゃだめなんだよな…わかるよ、そういうの、面倒だもの。

今日はお金の話をする。

人の気はお金でひけると思っているふしがある。
そして私には、お金稼ぎぐらいできないといけない、という強迫観念も共にある。

高校の時はお年玉について、年寄りから年金を奪うな・自分で稼いだお金をどう使おうが誰にも文句は言われない(※これは良い教育)と言ってきかされたため、郵便局のバイトをした。年賀状仕分けるやつ。
高校一年生・二年生の年末年始はそれと塾の講習と部活でギチギチに埋まっていたね。休む暇を消すとお金が得られるというのをこの時覚えた。

お小遣いは月3,000円、部活の部費と楽器の消耗品代は親が出していた。
この頃は吹奏楽の雑誌やCD買うのに使ってたな。

そうそう、塾は小学校から通っていた。入塾テストを受けると商品券か図書カードが貰えるという時代で、それ目当てに受けてたね。通い始めたのは…小学校4年生のころだったか。
夏休み、お弁当をもって国語と算数勉強しに行ってた。たまに母親のお弁当と間違えて、トマトかグレープフルーツに砂糖がかかっただけのものを持たされた時はびっくりした(今思うとあれはダイエット目的の食事だったのかな)
それから大学受験終わるまで通っていて、大学受かってからはその塾で個別指導のバイトをして。
朝6時からのスーパーの商品運搬と、個別指導のバイトと、大学でのTA業務で朝から晩までたくさん働いていた。若くて体力と時間があるのだからたくさん頑張らないと、お金はいくらあっても困らない、と。

…きっと、母親と父親は、私が「いい大学」にいくために期待をかけてお金を払ってくれてたんだろうな。
母親と父親の連携が悪く、父親の口座から引き落とされるのに切り替えるはずだった塾代が母親の口座から落ちっぱなしになって、おかげで母親は眼鏡も買い替えられないほど切り詰めていた。自分の楽しみを全部捨てて、パートに出て、くたびれて、かえって食事を用意したら横になるだけの暮らし。かわいそうに、子供がいるばかりに、消耗して。たくさん模試も受けたけれど芳しくなくてごめんね、自分なりに追い込んでやってたんだけど。
…でも思うような大学には、行けなかったなあ。
旧帝大以外大学じゃないみたいに言われて、そうか~って思ってたけど、違うみたいだ。そもそも両親は旧帝大卒ではないが、何の期待があったのだろう。

それで、これまでかかった学費とか、冷蔵庫に貼ったホワイトボードに全部書き出された。対費用効果。学費は全部手で持って銀行窓口で自分で払った。学ぶことの重みはお金の重さ、誰かが働いたお金で自分が学んでいる、その対費用効果はなんだ。申し訳ないと今から土下座しに行けばいいのか。どうしたら効果が出せるのだろう。

奨学金を借りて大学に通うことも提案したが却下された。
母親の知り合いで、娘が栃木にいる人が、その娘さんが正規雇用の勤め口がなく親が奨学金を返し娘に仕送りしている状態だから、というのが却下の理由。そうだよなあ、リスクは取りたくないよなあ、わかるよ。お金が愛だというのなら、子供が、自分が、苦労しないように借金がない状態にしたのは、そうだよね。

※弟は私大だけどそれはあまりなにも言われていなかったし、ことあるごとにうちにはお金がないって激高していたのに弟の私大は許されていたの、裕福だったのか?と思った。

大学に入ると、高校時代よりお金稼ぎに時間が使える。もちろん計算して単位を取るための時間割を作ったが、それはそうとしてお金が欲しい。たくさんあると、いいことがありそうだから。

その考えを伴いつつ、高校時代の友人たちと食事に行く機会が度々あった。
その頃から認知はとてもとても歪んでおり、度々バイトの話題になり各々どれくらいなにをやっているのか話すたびに、「たくさんお金を稼がないと」「お金があるから遊んでくれるんでしょ」みたいなことを言っていた記憶がある。周りが覚えているかはさておき…自分で覚えている限りでこれなので、もっとひどいことをたくさん言っていたと思っておいたほうがいい。

他には…母親へのプレゼントも、「お金はあるから」と度々アピールしていたら叱られた。そんな下品ないい方はない、と。
今思うとそれは品がない言動だ、でもお母さんはお金が好きなんじゃないの…?と整合性が取れていないので反省も何もない、みたいな。

まあでも今も実はそういうところあって、守銭奴とか金銭への固執は美しいものではないと思いながら、プライベートを削って働くにはどうしたらいいかとか考えている。
お金があると、好かれるらしいから。

何かにつけてお金の話、通帳残高を見せろ、他の人は結婚出産昇進マンションを買うなどがあるのにお前はどうだ、知恵遅れ、みたいなことが、たくさん。

お風呂に入ろうとしたら、「お前がお風呂に入ると水道光熱費が倍かかる」と笑いながら言ってきた父、反論すると「真に受けるな」と言う母、そんなことはないっぽいなと気づいたのはここ最近のこと。だけれど、そういうことを言われるくらい、家族から、嫌われていた。

いや、まあ、許す許さないで言うとどうでもいいので、「どうでもいい枠」に突っ込んでひたすら距離を取りたいわけですよ。
一点許せないことがあり、それは私への性的な加害なわけですけれども、別にそれは許さなくていいですよね?許すつもりもないのですが…

これ以上過去に自分を侵食させたくないのに、要所要所でキュッと首を絞めてくるのはよくないですね。今を生きられたらいいね。

明日もたくさん働けたらいいね。

(限界に近づいてきてるのか今日は発熱があるため、なんらかコメントいただけると嬉しいです…マシュマロお待ちしています。)

marshmallow-qa.com