やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

自己肯定感メモ-20200705

寝不足ですが自分の心に刻む意味で。

Netflixでル・ポールのドラァグレースを延々見ていると、それはそうとして自分を愛していくのが先!って気持ちになります。

発達の人(このところ発達の話ばっかだね、そうじゃない人には読みづらいのかな?)は不本意に傷つけられたり、傷つくことについて過敏に読み取ったり、自分から傷つくようなものを見たり(発達界隈の男女の対立構造とかのアレです、わたしもやりがちだからまたインターネット自体を制限しようと思うよ…)なんかまあ生きづらいですよね。
ACの人は、生育歴の中で大人の代わりを強いられたり、家庭内で一番低い地位だったり、あげたらきりがないけどなんかまあつらいよねっていう。シンプルに生きづらい。

「自分を愛さずには人を愛せない」が必要、はシンプルなんだけど誰の言葉も響かなかったり、既存の言葉が空虚に聞こえたりってあると思う。
しかし残念ながら自分を愛することが必要なのは真理情報なので、何らかの形で取り入れていく必要がある。
セルフネグレクトが染みついていたり、思考が卑屈になったりしているとなかなか難しいんだ…しかし難しいということと、できないということは違う。
やっていく途中で傷ついたり、こんなこと何の意味があるのって投げ出したくなるかもしれない。しかしそういった過程は、できないということを意味しているのではない。

難しいとできないは違うとか、自分を愛したいんだと必死にもがいたりとか、もがいている途中で「他の人はとっくにできていることが自分はまだできていない」とかに気づいて絶望したりとか、やっていく過程は美しいものではないかもしれない。しかしやっていくことを選んだのなら、やっていくしかないんだよ。

こう書いている今、Netflix流してるのはまだマシで自己研鑽しないとなって思ったり、そろそろUdemyつけないと、とかその前に家事は!とかばたばたぐるぐるしてる。
自己肯定感の足しになることをしたいね。過去を振り返っちゃうかもしれないけどそれはそれとして。