やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

余談-20200624

マシュマロありがとうございます。とても励みになっています。お返事お待ちくださいね。皆さん本当にお優しい。

 

fis-moll.hatenablog.com

 これ書いてワアワア泣いてやっぱり目の前が暗くなって、なんのためのカウンセリングなんだろうとか、診断名に自分が乗っ取られて自分が無くなっていくのが怖いとか、相変わらずのところをぐるぐるぐるぐる。悩みすぎて溶けてしまうな、何もかもが。

そんなに恥ずかしい生き方してたっけとか弱かったっけとか思うと、そうでもなくて。ただ小さいことに引っかかってそれが認められなくて、ただそれだけのことなんですけれども。

自他の境界が曖昧で被害者意識ばっかりで生きていると気づいてから、目にするものすべて自分が間違った対応しないか、見え方全部間違ってるんじゃないか、常に加害する自覚を持たないと、などなど、自分に対する断罪がきつくて息をすることも許さなくて、何がしたくて生きてるか分からなくなって生きて。もう何回目ですか、これ。

何のためのお金と時間で、何が食べたくて、どんな本が好きで、どんな音楽が好きで、どんなお化粧したいんだっけとかわかんなくなった、空っぽの中から再出発しています。

それがここ二か月くらいの話かな、いやもっと前からか。コロナがどうとか世間が言い出してから。

誰かのためと自分のためがぐるぐる入れ替わってどっちが自分だったっけと俯瞰してまた没入して生きていく暮らし、多分一生続くね。一生のうちにたくさん気づけるといい、成長できるといい、変わることが出来るといい。

失われた30年くらいがある、もう取り戻せない、なりたかったものがある、その時に戻ってそれになることはできない、ここからなんだよ。

小学生ぐらいだったか、アスペなのにこんなにできるんだ!とかアスペだからこんなこともできないのみたいな扱いが家族からも周りからもあって、もうああいうのは嫌だなあと思う。(診断が降りた子供の家族のケアも広まるといいんだけどね…支えるって限度があるから)

診断が自分じゃなくて診断も自分で、アイデンティティは分散させて、何があっても私は私だと思えること、自分自身を愛して抱きしめること、そこからだなあ、何度目。

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