やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

20代最後の日の記録

 明日誕生日です。

fis-moll.hatenablog.com

 これ書いてて、早期発見早期支援だし手当てがされなかった私はやっぱりダメ…愛情などなかった…みたいな気持ちになったので早々に寝ました。別にダメではないしその時の限りあるリソースの中で私にまで手を回すことが出来なかったからだよ、と自分に言い聞かせながら。(発達障害の支援は時間もお金もかかるので、目に見えて困っているほうを優先するのはそれはそうだろうなって思う)

出来ることがそこそこあって、
会話が出来て(※円滑なコミュニケーションが取れていたとは言わない)、
字も書けてお勉強に困っていなかったら支援の対象からは外れがち。
そして、「出来ること」に隠れた「出来ないこと」のケアは見過ごされがち。
出来ることが何か分からないけれど、一人暮らしが出来ていてクローズド就労できているので何かしらは出来ているんじゃないかな、と思っています。

何度も言われたなあ、「社会性がない」「弟は何度もつまづいたから学習できたのにお前はそれができない」「人からどう見られているかが分かっていない」
本当にそうだと思うよ(ここで、そう育てたのは両親さんでは、と思うが言葉は飲み込む)(早期発見早期支援は難しいね~)

そして、支援を受けてこなかったこと、受けてこなかったことや誰も指摘しなかったこと(見過ごされてきたか、指摘しても無駄だと思われていたとかそういう)故に認知が狭くなっていたこと、何も言われないなら何もないと認識していたこと、それらが生きづらさを作っていた、やっと気づいたのが今なんですよね。
遅い、失われた29年と363日(くらい)だ。

気づかずに失ってきたものはたくさんあって、急になくなったと思えるものは実はその予兆があって、自分の選択を恨み続けてしまいそうになるね。
気持ちはわかるがそこにエネルギー割くより、これからの自分の暮らしのために今の自分をよくしていこうねって思うのです。

何もかもが遅すぎる私の人生は毎日が生き直しの連続で、故につまづくことや学ぶことが多い。
それを、いつでも学べるととるか、まだこんなところにいる、ととるかは自分次第なので、頑張ろうね、生きない理由を作らないで、生きていこうね、約束だよ。

ちなみにこういう状況の時、私は〇〇が出来ないから娯楽などなしに働きづめでないとならない!とか自分をいじめ抜く方法ばっか思い浮かんじゃうな。結果として働き詰めになる暮らしもあるかもしれないけれど、今はそれ言ってる場合じゃないね。極端をやると心が持たないよ、とここに記します。

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