やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

不時着通信

退職届出したら、帰されました。
傍から見ていて体調悪そうなので帰りなさい、とのことで…
今夜は面接があったりバタバタするのでその前に覚書を。

去る組織とその上長のことはさておき。
メンタルをイワせてから今までの自分自身の在り方とか仕事への向き合い方に問題がなかったか、というとそうでもなくて、要因は何であれ少なからず「自分でもどうにかできたんじゃないか」という箇所は、あります。

昨日急遽親友に呼ばれて食事して夜景見て帰ってたんですけど、その時に
「この夜景の見える場所で去年の今頃はよく仕事のこと泣いてたな、今は泣かなくなったけど」て言ったら、
親友からは「退職勧奨ということは会社だけが悪いんじゃなくて自分が要求される水準で仕事ができていないということでもあるからね」と釘を差され、
まったくもってそうだよ……と自分の至らなさ見えてなさにしょぼんとしつつも、彼女の言葉はいつもふとした時に気づきをくれるから不思議だし有り難いものだ、と思うのでした。

どうやってたら要求される水準で仕事ができていたか=再現性のある失敗体験を繰り返さずに済んだか、に向き合うことと、泣かなくなったことは別でして。
去年の今頃からメンタルイワす兆候は見えていて、でもその時に仕事との向き合い方を適切な位置に持ち込めていたら今頃こうはなっていなかった、なんて詮無い話ですね。やめとこ。

とにかく逃げることばかり考えていて、で逃げ場なんていくらでもあるしどうとでもなると気づいた今(これは転職市場的な意味で)、
改めて仕事との向き合い方を問い直し、いつも適切な位置にとは言わないまでも外的要因と内的要因切り分けて課題に対して適切な対処ができるようになる、が当面の目指すところか。でないとなんだろう、勿体ないな。
ここまでやってて、ここまでできるのに、肝心なところで逃げを用意してそっちに走るの癖になってるけど、それだと成長がなくて居心地が悪い。

過去と他人は変えられなくとも、未来と自分は変えられるので、
この不時着した今いる場所からできること、
次の職までの間に与えられるだろう少しの時間、
そして私を支えてくれるひとたちからの言葉(あなたがたにそのつもりはないかもしれないけれど、いつもいつも私は支えていただいているのですよ!恩を返せていないのが心苦しいくらいには)、
失敗体験を繰り返さないこと→成功体験を創ることへのスイッチ、
成功することを運ゲーじゃなくてある程度狙って創れるものに転換できたら…どうだろう、悪くはないか。

私ね、経理職からエンジニアでやっていくことにして、で当面の目標は「自分+ひと一人養えるくらいの年収を得ること」なんですよ。具体値でいうと500万円〜かなぁ…次の転職だけではそれは叶わなさそうなので諸々の仕込みをやりつつ、長期的な幸福のために今何ができるのかを模索しつつ。
我ながら単純だなと思うのだけど、そこまで数字が伴って余裕ができたら見える世界はきっと変わってくるのだろうと思いまして。
あとはフットワーク軽く飛び回るための原資はいくらあってもいいわね、という。

言い訳の出ないところまでやってやりたい意識そこそこ系としては珍しく、今いるところより高みを見ながらWBSを引こうとしている。
いや、前までも高みを目指したくはあったけど、具体的に言葉にできるようになったのは今やっとのこと。
いいのか、これでもうすぐ29歳になろうとしてるぞ。
周りは結婚出産で落ち着いていく中全然落ち着いてないぞ。
それともやっぱり人生はこれからなのか?
どうなんだろう、わかんないな、やってみて結果を出すまでは。
少なくとも自分の境遇と選択には自分で責任取れてるからいいのか。

かくて高度ゆるふわ人材は浮き沈み激しいながらも不時着中。
かけられた恩を返すまでは、もっと欲を言うと、私と関わって損はさせないと言い切れるまでは、戦いは続く。