やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

ビジョン/認知療法/ログ

・ビジョン

ビジョンなき人生って意味あるのでしょうか。あれは嫌だこれは嫌だ、ぼんやりこうだったらいい、程度で日々暮らすことで得られるものは何でしょうか。と自分をグサグサに刺し殺しながら立て直し中です。
昨日生誕10,000日を迎えまして、ええ思うところございまして。
仕事のこと、プライベートのこと、それぞれビジョンをノートに綴ります。書いたらアップしよう。

希死念慮ガチガチの、就職先が決まらなかったころ。その当時お世話になっていたお姉さまに、「ビジョンは何なの?」と訊かれて答えられなかったっけか。
強い自分しか正しくなくて弱さを認められなくて、汲めども汲めども尽きぬ「自分を過大に良く見せたい欲」に呑まれてた。
お姉さまは本当に良くしてくれて私の人生の支えとなったひと。もうご縁は途切れてしまったけれど、インパクトのある出会いだった。

10年以上の付き合いになる後輩も同じで、やはりビジョンがしっかりしていて、節目節目で描いたビジョンの通りになっていた。
有言実行、ビジョンを描いたらそれに向かってやる、適宜相談したり悩んだりする、ただそれだけのことで想像していた未来を迎えていた。

ビジョン描けない人って、そもそも、書き出した程度でなんともならないと思ってたり、理想はかなわない前提でいたり、未来を考えるのが不安すぎたりではないですか?
そういうとこやで、って思うけどどうなんだろうな。
あ、いいことばかり思い込んで失敗するのが怖いとかもあるか。その時はその時でしょ…なんでやる前から失敗することばかり考えるの。

いや、まあ、いいです。生きててそれで楽しいとかやっていけるならそれ以上何も言わないけれど、どうせなら前を向いて私は生きていきたいよ。

ビジョンが描けず希死念慮ガチガチの中、鬱がひどくなり休職手前で昇給考課が最低で職を失うんじゃないかという不安に苛まれていたあの頃でも、お姉さまは繰り返し、ビジョンについて説いてくれて、そして死なずに生きていたらきっといいことがあると励ましてくれたな。
もう働いて四年半になるけれど、ようやっとビジョンの意味合いがわかるようになってきたよ。

あの頃かけてもらった期待を直ぐに返せなかったことについては未だに心がキュッとなるけれど、さりとて何もやらないわけにはいかぬ。後悔するくらいなら、その気持ちをもって次に。

認知療法

「人が成長するにつれ固定的なスキーマが形成され、それに基づいて歪んだ思考方法や考えが自然に浮かぶ自動思考が起こっており、そうした認知の歪みに焦点を当てて、認知を修正することで症状が改善されるとされる心理療法」のことを認知療法というとwikiにありました。
ストレス軽減のためのセルフヘルプとして役立つと思っているのだけど、非モテ界隈に必要なのこれだと思ってるんだよな。自分の心の癖に向き合うこと、それを正すこと。
まあそれに気づかせたらカウンセラーなどは商売にならんのでしょうけど。
ASDと鬱と自律神経失調症というメンタル面の数え役満スペックなので、意識的にやってかないと今後悪い方向に向くなと思って取り組むのと、もっとよく生きてやろうと思っているのと、二つの側面があります。
11月は認知療法アプリや紙に書きだす方法など試してレビューしていこうと思ってます。

考えすぎからくる自意識過剰は仕事にもプライベートにも支障が出るので、そんなものなくして効率よくやっていきたいのが大前提かな~楽しくやりましょう。

・ログ

ログ取得用に買ったノートがいい感じなので、もうしばらく使ったら使い心地レビューします。ユナイテッドビーズのデイリープランナーはよいぞ。
毎日の中身のなさもさることながら、投資した時間に対するリターンは…?とかハッとしていい感じに意識高いだけなのが崩されていって面白いです。
完璧には暮らせないこと、でも悪くない暮らしはできること、が今は気づけてるからいいか。
ログも認知療法とつながるところあるから大事。