やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

さよなら2010年代

2020年になりました。

振り返り芸はやめにしようと思いつつ、ちらっとだけ書くとマジで色々あったのでそれはそれとして2020年代は楽しくやっていけたらいいなあ、と思います。

今を大事に、目の前の人たちを大事に、卑屈にならず、属性と過去に驕らず。

愛されて育ちたかった人生でしたなんて言っちゃうと愛してくれてる皆様に失礼だからなぁ。結局は何にフォーカスして何を捨てるかなので、2020年代も捨てるものはたくさんあるのでしょう。
ただその中で痛みは伴って、どこまで許容できるのかって話で…
しばらくは一人暮らしして考えていきます。

この前お友達が私にかけてくれた言葉、「承認欲求とかはさておきまずは下位の欲求から。温かくして寝て食べて。」が地味に効いてる。
寝れない食べられないはやらかしがちですが、それはさておきですよ。ヒトとしての生活大事なので。

自分がいる温かい世界と、薄暗い過去の冷たい世界、そして深淵から手招きするよくないあれこれ。元気だよって言いながら暮らすことと、私を引きずり込む深淵に向き合いしんどくなるほうを選ぶこと、それはコインの裏表なのでしょう。つれえな。

カウンセリング見つけてなんとか吐き出してやっていくのも手だなぁと思うので、1月はカウンセリングを受けてみましょうかね。本当はなあ認知行動療法もやったほうがいいんだよ…アスペ(診断済み)だからね…
どうにかやってこれてるのは皆様のおかげで、自分の実力なんてそこまで大きくないんじゃないかな、どうかな、わからない、でもそれ言いすぎると卑屈芸になってまた人に失礼になってしまう。

わかんないなぁ、わかんないなりに死なずに生きていきますので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2019年の暮れに寄せて

めずらしく何もせず家から出ない日になったので、ひさしぶりにこのブログを開きました。

この1年何があったかはブログとTwitter見てくださいって感じなのですが、トータルで見たら上向いてきているからよかったかなぁと。
観劇も音楽もお仕事も、自力でいい方向に持って行けたのでよかったです。
自力だけじゃなくて多くの方のお力添えあってのことなので、そこに驕らず誠実に実直に…て思います。

そして来年のやることは(抱負とかの言葉で規模間上げると面倒なので)

・社内試験合格

・身体を絞る(抗うつ剤の影響で色々とかあるけど地道に地道に…どこかで美容と筋トレ報告してます)

・ベンダー資格ひとつとる

TOEIC受ける

ですね。今の会社に転職して半年、現場変わったりいろいろあったけど今のところ評価制度に不満はないし、程よく社に貢献したいなと思う&次どこかへ行くときの市場価値を上げたい気持ちはあるので、やっていきます。

減薬はまあいいや医師に任せるので、しなずに生きていく、安定させる、身体を絞る(切実)(というか運動量足りてないと楽器やるときに楽しくない)こういう感じでやっていきます。

皆様どうぞ2020年もよろしくお願いします、愛してください愛しますので!

57日目

実家から脱出して57日が経過しました。

イメージしてたのは、実家から夜逃げ!もう縁が切れた!何言ってきても無視!なんだけど、
何にも言ってこない代わりに、嫌なことをたくさんたくさん思い出してずっと泣いています。季節の変わり目は鬱のトリガーになるし仕方ないのかなぁ…
毒親から離れてからが真の戦いなのかもしれん。…あの中にずっといて洗脳の中苦しみながら生きていくのとどっちがマシなんだろうか。

メンヘラ特有なのか試し行動をやりそうになったり、嫌なことをずっと思い出して泣いていたり、救いはない、三界に家無し、このまましんでしまおうかまで思うし自傷願望が止まらないです、希死念慮も(実際には何もしていない)

しんだらいいのに、とか、しぬ、とか家庭内でずっと飛び交ってて、それが当たり前だと思っていたけどなんか違うらしいね。投資したコストに見合わないって詰められないらしいね。自尊心を削がれることは言われないらしいね。
私の地獄は私だけで育てるからもういいんだけども、そこそこにつらい。

あの環境から逃げられたのはよかった、それはそう、でも大人なんだからもっと早く脱出できたんじゃないかとか、早く行動できなかった意気地なしとか、自分のことを責める声が止まらない。

取り返しのつかないところまで自傷して誰も手が付けられない状態になりたい欲がきつくて死にそうです。
体質で飲酒ができないのですが、だからこそ自傷行為として飲酒したら死ねるのかなとか傷つくのかなとか期待してしまう。
実際、飲酒をたくさんした父親からハラスメントを受けていたので、飲酒にいいイメージはないです。
60を過ぎてもなお毎日3本くらい何かしらの缶を開けていたのは正常かどうかわかりませんが、なんか糖尿病にひっかかってたらしいですが、知らないです。お酒を飲む人はどこかでうっすら怖いです。
飲酒しながら母の部屋(リビングがなく、母親の部屋が実質リビング状態だった)に座ってテレビでゴルフや野球を眺める姿、何が楽しいんだろうって見てた。だからスポーツ観戦もわたしにはわからないし、怖い。

あーゴルフ優先で学校行事とか来なかったですね。会社の付き合い優先のおかげで昇給してくれて、海外旅行とか連れてってくれて、そこは感謝しています。
父親らしいことは何一つしてもらってないですけど、金銭的に困ることがなかったっぽいのは感謝しないとね。(私の養育費についてはもめていたらしいよ)

多分酒にもゴルフにも野球にも罪はない。けど全部嫌い。
キャッチボールを教える代わりにゴルフを教えようとしていた、なんて人から見れば笑い話ですけど、「自分が教えられる範囲の遊びしか教えたがらなかった」が正でして。
なんだろうまとまらないけど、父親の役割ができなかった父親だった。
何より、私を守ってくれなかった、だから大嫌い。
でもお金出してくれただけでも有難いと思わないといけないのかな、この地獄は私だけのものなのに、地獄の質は世間が判断するのかな。不幸でマウント取り合ったほうがいい?

よく母親から聞かされていたのは、
父はお前の学資保険を支払っていない、とか
父はお前が路頭に迷うといっていた、とか
間接的に吹き込まれる父から私への悪口。
ほんとかどうかは分からないけど、ああ、もう誰もここには味方がいないんだなって血の気が引いた。

…血の気が引く話題なのになんでこうやって書いてるんだろうな。

早く両親なんていなかったことにしたい。誰からも生まれてなくて誰にも育てられてなくて誰も私に関わってこなかった、それで十分なのに、29年を共にした記憶は根深い。

今飲んでる抗うつ剤はあくまで対処療法として、根本的にこのしんどさをケアするのは自分なので。誰にも私は救えないので。でもどこかに救いを求めてしまうよ…

服薬メモ

転居したので心療内科も変わりました。あとピル飲み始めました(フリウェル配合錠ULD)

ドグマチール(スルピリド)飲まなくていいってなって嬉しい反面、若干睡眠の質に影響が出ているような。

なので今飲んでいるのは、

・フリウェル配合錠ULD

・レクサプロ錠10mg×2
ブロチゾラム0.25㎎×1
・ロフラゼプ酸エチル1mg×1

です。ピルはともかく、眠剤もなくても寝れたり寝れなかったり微妙なので減らしていけたらいいな。
レクサプロはまあ…まだ時間かかるんじゃないですかね。
焦らずやっていこう。

10月12日の演奏会でやる曲詳細

10月12日(土)は初の演奏旅行!in東京は門前仲町ということで、演奏する曲の解説をここに書きます。


無伴奏チェロ組曲第1番 ヨーヨーマ

無伴奏チェロ組曲第一番より、プレリュード、アルマンドクーラントメヌエットⅠ&Ⅱです。

これは一度発表会で出したことがある曲なのですが、改めて向き合うと、発表会当時とは違う課題(表現もテクニカル面も)が見えてきて、相変わらず苦戦しております。
本番で人前に出すものに苦戦なんて言っちゃいけないんだろうけど、最後の最後まで戦うのがバッハと存じております。

ヨーヨーマ、カザルス、マイスキーロストロポーヴィチ…と偉大なるチェリストたちが生涯をかけて取り組んできたということ、またその末席に私も加わっていること、とても誇りに思います。

弦の曲を管一本で勝負するのがそもそもってのはさておき、テクニカルな課題を越えた先に「私が描くバッハ」が見えてくるのが面白いんですよね。だから挑み続ける。


Song on the Sand - Davis Gaines, La Cage Aux Folles

ミュージカル ラ・カージュ・オ・フォールより「砂に刻む歌」

これ実はスタジオで一発録音したら案外良くできたという思い出のある曲で、バッハ同様これも生涯やりたいな~と思っています。本番でまだ出したことがないので、今回演奏する機会があるのが嬉しいです。

これは録音した時のん。

youtu.be

一発録りにしてはいい音してるし(後半の事故は許してほしい)、自己紹介代わりにこれ首から下げて歩きたいくらい気に入ってる。まあスタジオで加工した音だってのもありますがそれにしたって出来がいいぞ、自画自賛だ。

 

病めるときばかりで健やかなるときはいつ来るんだという日々ですが、音楽と向き合っているときは確実に未来が見えています。
体力の続く限り生涯をかけて取り組むことであり、自分がやることの中で一番評価されて嬉しいのが音楽です。

12月にも本番を予定しているので、それまで追い込み続けながら2019年を終えることでしょう。

ラ・カージュ・オ・フォールの台詞の中で、「お客様にはプログラムとチケットの半券以上のものをお持ち帰りいただけると思うのですが!」ってのがあって、自分が演奏するときもその心意気でやりたいものだなと…なんか伝わりにくいたとえだけどまあいいか。
言い訳の出ないところまでやるのが楽しいんですよこういうのは!

というわけで10月12日、お越しくださる皆様、楽しみにしててくださいませ!

気落ちの秋

一人暮らし始めて早一か月と少し、やっと自分のために音楽をかけて、自分のためにお茶を入れる気力がわきました。

 

秋が訪れたということは希死念慮が押し寄せてくるということで、思いっきり鬱の方向に振り切れて、部屋が片付かなくて、自傷したくなって、自責の念に駆られて、仕事中以外ずっと泣いているような状態です。
そういえば心療内科通いももう一年になります。よくなってるのかなぁ、自傷のしたさ自体は変わんないです。

ふっと切りたいとか自分さえいなければとかが押し寄せてきて、自分はダメだという方向に着地させて事なきを得たくなる、それ私です。

死にたくならないほうの人生もあったのかなとか、どこで道を誤ったのかなとか、そもそも生まれてこなかったらよかったねーなんて、淡々と、粛々と、引き返せない道のことを考える。

自傷しないのは会社に行って働かないといけないからで、死なないのは何かしらの楽しみを先に入れてるからで、その程度の理由です。でもその程度の理由で延命できるんだったら、娯楽の一つや二つたぶん安いものだ。

 

そうだ、両親もいなければ兄弟もいない、実家などない、だから毒親育ちではないという設定にしようと思うんですけど、だからこそか「身寄りがない」という現実が自分の首を絞める。

アラサー、メンヘラ、ASD毒親育ちどころか身寄りがない、詰みじゃないですかね、どうなんです?ここだけみるとめちゃくちゃしんどくて身投げしたい。なんで生きてるんだろうって口と目が痙攣する。私にはいいところたくさんあるはずなのに全部全部だめに見える。

身寄りがないからキャリア形成ガチらなきゃいけないのに、人より稼がなきゃいけないのに、今日は仕事に行けなかったのですごくつらい、何をやってるんだろう、みんなができることがわたしはできない。普通に働いて認められるだけってことができない、何をやっているのか。

…この価値観は自発的に身に着けたものではなく、いないはずの「母親」とやらの発言に非常に近く、まだ無意識にあの人の支配下から抜けられていないのかと思うと吐きそう。もう会うことのない人じゃないですか、なんでまだ関わってくるんですか?なんで消えてくれないんですか?

そしてこの状況は誰も助けてくれないってわかってる、例えるなら私に無関心もしくは陰口を叩けど直接は何もしてこなかった父親と弟がそうだったから、多分世界も、きっとそうだ。

だから自分で自分を助けるしかない。救いの手などいらない、そんなものは跳ねのけて、そして刺し違えていく覚悟でこの先もやっていく。

まで書いて、自分がまだ支配下にいるということ、生まれてからずっと関わってきた人たちの記憶は容易には消せないということをまざまざと思い知る。
早く消えてくれないかなぁ。しんどいだけなのに…
このままだと、幸せになれない理由を毒実家に押し付けそうで嫌だ。幸せになるかどうかは自分次第なのに。そこまで頭でわかっていてもなぜか理解が追い付かない。

 

毒実家からの支配の影と同時に、男性へのヘイト感情も止まらなくなっていて困っています。
一応ヘテロセクシャル自認であり(一度やってみて多分そうだなと思ったので)、結婚はさておきパートナーの得をやってこの先生きていきたいと考えているのに、
目に入るのは、男性が起こす性犯罪だとか、イキり散らしたデートしぐさだとか、男はメシとセックスさえあてがっておけばいいだとかそういうのばっかり。
性犯罪を起こすような生き物と関わりたくないとか、そもそも男性のほうが女性より力があるのだから一緒にいると何をされるか分かったものじゃないとか、女じゃなくて家政婦とオナホで処理しとけよとかそんなヘイト感情ばっか出てきて苦しい。
職場で関わる人にはそう思わないのに、男性という概念へのヘイトだなあ…

なんでここまで思考がちらかったのかわからないけどいったん終わり。片付けて寝よう。

私と私のお友達

日頃から親しくさせて頂いている非関西圏&関西圏フォロワーさんたちに拙宅に来てもらって、この三連休はオフのようなお泊り会のような酒雑魚会のような、不思議で楽しい時間を過ごしておりました。

たぶんTwitterでの付き合いは2年ほどになるのだけど、当初は会う目的で繋がったわけじゃなかったしまさかこんなことになるとは…wみたいな驚きと喜びがあります。

会う目的でなく雰囲気で繋がった人たちと文字でやり取りをし、交流を深め、じゃあ会いますか、とやってみて、その輪が緩やかに広がるのは面白いことです。
あと、実際会ってみて話をするのは楽しいね!文字だけではわからないことも対面だとわかるから、より色んな話がしやすい。


鴨川で飲み物片手に、等間隔になりながら私の黒歴史を発露するなんてのもしてました。これ絶対オンラインで文字だけでは発信してないやつやなと思いつつ。

オンラインからオフラインで会うのってやはりまだハードル高いっていうかリスク管理が必要なイベントだと思う(男女問わずね)けど、エイッと会ってみるの、人生イベント的にはあると捗るやつかなと思います。
私などは、会っちゃいます?のノリで軽率に人と会うの大好きですが。故にいつでも人を誘うし誘われたいしです。

話が表題から逸れたけど、ふんわり大事にしたい/してくれる人たちに囲まれてなんとなく愛されてんなと思いながら過ごす毎日、やはり楽しいものです。
私と私のお友達で彩る暮らしはとてもとても豊かで愛すべきものでして、今後とも愛し愛されよろしくお願いいたします。

…愛すべきとも愛されるべきとも思わないしそれは強いるものではないのだけどね。
愛を受け容れ愛を発信する暮らし、私には合っているようです。


とにかく嬉しい気持ちになったのでこの文章を書き残すのだった。