やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

ブログ二周年

 残暑お見舞い申し上げます。

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ブログ気づいたらこんなに続いてた!おめでとう!

自分の成長のログであってそれ以上でもそれ以下でもないのだけど、誰かが読んでくださって、そして言葉までかけていただけるのはありがたい限りです。

これを書いている現在29歳、当初やっていた非モテコンテンツの括りからは精神的にはすっかり離れて、自由で楽しい観劇と音楽を愛するお姉さんとしてふんわりインターネットの海を漂っております。

実家の束縛からも離れ精神的に自由になり、新しい人生、新しい生活、ぱおぴぴ第二章が始まったばかりです。門出の真っ最中をやっていっておりますよ。

ブログを書き続けるうちに、また変化があるのでしょう。この先どんな人生が待っているのか楽しみです。

今は卵巣嚢腫をやっていたり、心療内科通いがまだ終わらなかったり心身共に安定していない状態ではありますが、働きに出れているし趣味も楽しめているのでぼちぼちです。

相変わらずパートナー得たいとかデートしたいとかぐずぐず言って過ごすわけですがそれはそれ、人生なので致し方なし。欲望に忠実にやっていきましょう、でも自分を安売りしたり身を削ってまではいけないね。

二年前に比べると、今とっても幸せで自分のこと大好きで、自分により優しくできているよ。もっともっと幸せになって、自分のこと大好きになれて、優しくできますように。

 

毒実家脱出顛末記と、住民票閲覧制限

どの名義で書こうかと思ったけど結局はてブに。
どうも、愛らしく賢い美ゾウさんでお馴染みのぞう氏です。
先日、毒実家を脱出し、転入届を出し、家族に現住所がばれないように住民票の閲覧制限をかけました。

この記事は、

  • 毒親育ちかも?と思う方
  • 実家を脱出したい方
  • 住民票の閲覧制限をかけたい方

に届くように書きます。
なるべく平易な表現を心掛けますが、書いているぞう氏本人が10年以上毒親に苦しめられて来たこともあり、一部読んでいて気分が悪くなるようなこともあるかもしれません。その場合は途中で読むのをやめてください…

  • 毒親、機能不全家庭との軋轢
  • 物件を探そう
  • 転出元(毒実家所在地)の役所で行政手続きをしよう
  • 荷造りをしよう
  • 会社に相談をしよう
  • 転入先警察に相談をしよう
  • 書置きをしよう
  • 脱出しよう
  • 転入手続きをしよう
  • あとがき

 

毒親、機能不全家庭との軋轢

毒親ってやってる本人は毒の自覚ないものだし、機能不全家庭の中にいればそれに慣らされてしまい、その中を出るなんてのは思いもよらないことでして。
実家を出たいけれども、それを言うのも怖いし、何されるか分からない、でもここにいたら人権はない、しんどいまま…でも怖い…を繰り返し言い訳つけて実家に飼い慣らされていました。
…でも、ちょうど一か月ほど前に失恋ムーブからの緊急集会が繰り返されているうちに、そんなことよりも早く家を出たほうがいいよ!ということに気づきまして。
朝におはよう、夜におやすみがない、怒鳴り散らされる、私の話を歪んだまま捉えて正しく向き合おうとしない、家族揃って食卓を囲むこともない、体調が悪い時心配してくれない、などなど、29歳でこの状況って実はしんどい?やっぱりしんどい?でもどうしたらいいんだろう…と考えていた矢先に、もういいや、って。

自分の家庭が機能不全だったこと、毒親育ちだったことは過去記事に詳しく書いているので、気になる方はそちらをご参照ください。

 

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 あとTwitterで「#ぱおぴぴお引越し」タグ付けて親からのLINEのスクショ貼ってますので気になる方はそれも掘ってもらえれば。ただし気持ちのいい内容ではないから気を付けてね。

散々私のことを悪く言われてからの、「もう家に誰もお前の味方はいない」と母から告げられてそこでトリガーが引かれて、「あ、じゃあ私もうここにいなくていいですよね」ってなって、そこから毒実家脱出が始まりました。

あとこういう気持ち悪い状況の家庭だった。

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独立記念日に寄せて

昨日2019/8/10は、私が実家から逃げて新居に移った独立記念日でした。

今静かな部屋で、荷解きをしながらこのブログを書いています。

フォロワーさんにレンタカー出してもらって荷物積んでエイヤッと逃げたこと、また別のフォロワーさんご夫妻にもご協力頂けたこと、タイムラインで見守ってくださったフォロワーの皆様、大いに励みになり、大変助かりました。


色んな方々にたくさんたくさん愛してもらって計画し行動に移せたこの白昼堂々の夜逃げ、自分が選んだ道が正しいのか怖くなることもあったけど、これから正しくしていきます。

転居に際して自転車を買ったのだけど、これはすこぶる快適な乗り物だね。
歌を歌いながら夜道を駆け抜ける解放感に涙が出た。
学生時代、駅から大学まで通うのに自転車使ってたけど、実家のときはいつの間にか自転車捨てられて徒歩で暮らしてたなぁ。なんだったんだろ。

このまま毒実家で窮屈な思いをしながら暮らす、実家の太さなんてものを多少なりともあてにしながら暮らすよりか、背水の陣でキャリア重ねてのびのびやったほうが自分のためだろう、と思うのです。
これからは身につけるものも纏う香りも、朝に食べるものも、聴く音楽も、時間の使い方も何もかもが自由。
多少なりとも貯金をし、ストレスで浪費しないよう気をつけて、あと、あと…
やっぱり自分にとってしっくりくる恋愛を経てパートナーを得たいので、そのためのとっておきの自分を作っていかなきゃね。
私は愛らしく賢い美ゾウさんなので自分のことは安売りしないし、自分の承認欲求の穴と向き合ってきちんとやっていくよ。

夜逃げより彼氏作るほうがイージーかも?!なんて戯れ言ここに投げとくけど、どーだろね?軸が全然違うが。笑

あなたとあなたの話がしたい

七月も残すところ一週間と少しになりましたね?皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

私はといえば、転職先の研修を終えて関西のオフィス待機だったり、パートナーシップ解消があったり、でも転職先が楽しかったり、そうこうしているうちに配属案件とチームが決まってやっていき!てなったり、夜逃げ一人暮らしをやることを決断して動いたり、ぼちぼちです。

心療内科の通院をやりまして、そうですね気づけば去年10月から数えて10か月レクサプロを上限まで突っ込んでいるので、減薬はもっと時間がかかるんだろうなと思っています。
レクサプロ上限まで入れてると転職×2退職×2夜逃げまで決断できちゃうから、強くなれるお薬っていうか本来の自分になんとか戻せるお薬なんかなって思うのよ。
そのお薬なしでも日常をやっていけるようになるのが目標、時間がかかってもやってみせるし、横道に逸れずまっすぐに人生をやる。

婦人科系疾患は、卵巣嚢腫が5㎝くらいになっててやべえよ…手術も考えといてな、って言われました。むー。

今の社は福利厚生が手厚いので、社経由の保険とかきちんと入ろうって思いました。なるべくなら長く今の社で働きたいので&エンジニアとしてのキャリアを適正に積みたいので。やっていきですよこれは。

夜逃げについてはTwitterに記している通りです。毒親から逃げます。
今は多くは語れないけれど、そして家庭環境の話をするのはしんどいものだけど、私は私の手で鎖を断ち切るのです。
もう自分に「かわいそう」の余白を作るのは、やめだ。

パートナーシップ解消については別方面でスルッと吐き出してるのでここには書きませんが、まあ、なんだ、これからはカジュアルに恋愛してカジュアルにパートナーシップをやって、自分の本能の赴くままにやろうなって。29歳これからよ。
毒親育ち機能不全家庭の中で抑圧されていた人懐こさとか人馴れがここになってドバっと出てきたので、甘やかしたり甘やかされたりを求めていくのも、悪くはないかなって。
29歳って結婚とか考えるんだろうけど私は私のキャリアで精いっぱいだからやっぱりメインディッシュよりもまだ別腹のデザートが欲しい、メインはキャリアとオタクごとなんだよなあ。

と自分の恋愛に対する欲望、パートナーシップ観とかをぐるぐるやっていくと、だんだん自分の属性(ヅカヲタミュヲタ)がさして引け目でなくなってきまして、それはそうとして欲しいもの得ていきたいね!?ってなるです。
オタクが無理な男と付き合わなきゃいいだけで、多分自分が思うよりもっと広い世界があるはず。支えあえる人はいるはず。
大切な人(この場合は私自身に向けた言葉)、だから今は、焦らないで、どうぞ。

まわりのガールズが転職を考えたり恋愛したり色々あるじゃないですか、私はそんなガールズの思考の足しになるような存在でありたいなあ、と思うのです。
あなたとあなたの話がしたい、はそういう意味で、知り合えたガールズに何らか良い影響をもたらすべく、まずはあなたの話を聞かせてほしいのです。そしてあなたの話がしたい。もっともっと。
とここで言ってるだけじゃ始まらないから動かなきゃね。幸いにして発信媒体は複数持っているからどっかの名義でエンパワーメントやっていきです。

 

ここまで読んでくれたあなたにいいことがありますように。(実は、私が書く文章の末尾には全部これが含まれてるんだよ!書いてないけど!)

 

 

やめてしまおうのお話

前回の投稿で100記事いったようです、こんばんは。

思えば親から受けた呪いが強くて、それは呪いと気づけないくらいで、今やっと現実に戻ってこれているのかも、と気づき始めました。

親離れと子離れどちらが先か分かりませんが、ぼーっとしてたら一生このままかもという恐れがあります。
なので、やめることと願掛けをやります。
(そのためにSlackでオンラインサロンという名のぱおぴぴ見守りスポット開設しました、ご興味ある方はご連絡くださいね!)

これからやめることは、親と同じジムに通うこと。別のとこにしようかと。
単純に嫌なので……次どこに通うかは別にして、やめてしまいます。
今親の部屋にしか共有のテレビがないのだけど、テレビ見るのもしばらく控えよう。あ、そしたらスカイステージ見れなくなるな……うーん。でもそれはそれ。一人暮らしして自分で契約したら良き。

転職して一週間と少しですが、強制的に過去のキャリアを7割手放した体感です。
ある程度学歴とか職歴とかのフィルター大事かもだけど、そしてマッチングアプリの渦中にいたときはめちゃくちゃ気にしてたけど、もうどうでもよくなった。というか気にしてたら人と話せない。
それと同時に、私についてたお飾りと履かせてもらってた下駄はもうなくなったのです。
フィルターかけるのやめた、が正解かな。

願掛けで基本情報と簿記を勉強しています。
自分を律して人に証明できる実力をつけるのです。
がんばる、とかであまり逃げたくないけど、これまではがんばることすら逃げてきたから丁度いいです。

あとはあれだな、安井金比羅宮の絵馬に色々お願いします。色々。
縁切り神社に何を言うかって感じですが、できるならば実家暮らしから縁を切って、いま手にしている幸せを大事に大事に育みたいものです。

自虐をやめて、虚栄をやめて、等身大の自分でやっていきます。

夏越の祓

今週のお題「2019年上半期」

2019年も折り返し、令和も2ヶ月が過ぎました。
皆様いかがお過ごしですか。
私は、昨日(6/29)より実家からの合法逃避行をやっており、現在は7/1からの職の研修のため東京都内のホテルで溶けております。

最近愚痴ばかりブログに綴っておりましたが、
年始からは想像もつかなかった幸せを得ており、かつ自己肯定感と自尊心の回復もぼちぼちできており(そもそも、それらが低いという自覚もなかった)、
「何も考えず幸せに生きていても大丈夫なんだなぁ」と気付いたところでもあります。

そう考えるとほろほろと涙が溢れるもので、ここにきてやっと赦されたというか、自分の意志で真っ当に真っ直ぐにやっていけるんじゃないか、という気がします。
何言ってるんでしょう、重いですね。

自分なんかが、って思い込んでセーブかけることは多くあり、思うような幸せなどなれないのだと諦めて、それでもできるだけ生きてかなきゃ、自分で自分の身を立てなきゃ、ああでも親の言うことは正しいのかもしれない、私は間違えたまま随分生きてしまった、どうしよう、みたいなループから抜け出せずにいました。
そこに自分はいなかった、もしくはいても萎縮していた。

そこから振り返ると、随分遠くに来たし健やかになったなぁ……

と、だらだら書いているうちに日付こえましたが、下半期も大過なく過ごせますように。

家を出る前の心境整理②

心療内科に行ってきまして、眠剤は減らせそう・スルピリドとレクサプロは安易に減らしちゃだめで勝手にやめないでね、と言われてきました。
お守りと思って飲んでおくのがよさそうです。寛解したいので医師の言うことはよく聞いて守るぞ。

というわけで昨日から続く愚痴の二つ目。自分のご家庭の御事情をこうして白日の下に晒すのはスマートではないかもしれないが、ほーんこんなこともあるんやなぁ、と思っておいてもらえたら。
あと文字にすることで自分の整理にしております。あまりまとまりはないです。

2019年時点でうちは両親ともに60歳を超えていて、かつ互いに30代オーバーでの結婚だったから多分当時では遅いほうかもしれない。
母がいうには、その当時、女性の仕事なんてお嫁さんか学校の先生か一般職くらいしかなくて、ITの求人は目新しかったからそれにした、と。
で、結婚するつもりなんてなかったけど職場に父がいたから成り行きで父を選び結婚したそうです。

その当時の感覚のままでいくと、IT職は女性で妊娠していてもギリギリまで働かされるのが当たり前で、流産した人もいると。客先で働く、納期までに成果物を求められる仕事に就くのだから、今みたいなぬるい感覚ではやっていけないんだぞ、とこの前詰められました。労務環境や業務のスケジュール管理etc、昔と変わってると思うんですけどね、どうなんでしょうね。

とにかく選択肢が少ない中で働き、また妊娠出産育児でIT職から「降ろされて」(本人は降りたくなかった)、プログラムは指示通りに動くのに指示通りに動かない乳幼児の世話をさせられてマミートラックに乗せられキャリアダウンして面白くない人生を歩んできた人にとっては、私がレールから外れた(ように見える)人生をやっているのが面白くないようです。

おまけに、父方の実家(母から見た義実家)との折り合いも悪かった。
母は大阪の出で国立大卒、多分そこそこのエリートルート、父は福井県の漁村の出で高専→夜間卒でIT職。バックグラウンドが違っても出会うときは出会うのがIT職の醍醐味なんでしょうかね。母としてはカルチャーの違いがとてもしんどかったようです。
小学生の私をミスドに連れて行ってはしょっちゅう愚痴を聞かされていました。私以外に話せる相手がいなかったのかもしれない。

ああ、だからかな、今でも依存されている感覚があるのは。話し相手がいないから、私を手放せない。意識していないかもだけど、そうなっている。
自分と同じカテゴリーに娘を置いて、理解者でいてほしい、思い通りになってほしい、思い通りにならないから、期待した通りにならないから詰める。
詰められるのが怖くて私は本当のことが言えない。その繰り返し。
知ってた?あなたと私は違う人なんだよ。

……度々書いてる気がするけど、小学生の折にASDの診断が私も弟もおりてまして。
(その当時は弟のほうが問題行動が多く、弟に手がかかっていた)
母もASDかもしれないと受診して、結果違って、「私はお前らの仲間じゃないから!」と叫ばれたのを思い出した。
仲間だったらどうだったんだろう、違ったらどうなんだろう。診断名の前に一人の人なんだけど、そこは往々にして見落とされがちだなと今になって思う。

弟に手がかかっている時期に父は単身赴任していて、その時かな、離婚するしないの話が出たのは。
手のかかることは母に丸投げして自分はお金を稼いでいる。困っていることをメールしてもろくなレスポンスが返ってこない。家庭の問題に向き合わない。離婚したくなる気持ちもわかりますね。
ただまあ親権とか金銭的なあれこれ(当時母はパート勤めだった)で離婚に踏み切れなかったのだと思います。
適切なネットワークがあればこの状況変わってたんだろうな、それこそTwitterとかで母の支えになるようなコミュニケーションのとれる相手がいたら、楽になれてたかもしれない。
父は父で、「父親のやり方」がわかってなかったんだろうなぁ。成人してからやっと話ができるようになったからそういうことなのかも。
いずれにせよ、適切なサポートやロールモデルが身近にないと詰むというお話。

どっちかがどっちかに隷属するようなパートナーシップしか存在しない、対等に人と向き合うなんて無理でしょって思ってたのはこの頃で、その呪いは後にSNSでお友達を作るなどのイベントで解けていくのだった。ありがとうSNS、ありがとうTwitter

いまだに発言小町愛読して人の悪口とかあら探しを趣味にしている母親だと気づいているので、今以上に深くは関わっちゃだめだなあ、とふんわり思った。
人の悪口とか見るのは何らかの刺激になっているのだろうけどね。

何かに怯えながら暮らすのはもうたくさんだって何度も思っていたはず、泣いていたはずなのに踏み切れなかったのは「この状況も最悪ではないのかもしれない」という思い込みから。
最悪かどうかは人と比較して決めるものではなくて、自分で決めるものだよ。
例えばこのまま実家にいたら遺産相続で有利になるかもしれないとか、よくわからないふわっとした未来の話に思考が飛んだり、親孝行すべきなんじゃないかという現実逃避を始めたり。そういうのはいったん置いておいて、自分がどうしたいか、ですよねぇ……

母は自分を大事にしてこなかった、されてこなかった、容姿をけなされていた、趣味もない、話を聞く限りでは毒親育ちだった。
だからって私までそれに巻き込まれることはないでしょう。そんなものは過去にして朗らかに生き抜いてやりたいよ。
あなたの人生を再生産するために私は生きてるんじゃない。

とここまで書いて、そろそろ決別の時が近いようだ、と思うのです。
どうせどう生きても、どんな会社に勤めても、誰かから文句は言われるのだから。

今後の私のご予定ですが、しばらくはメンタル整えつつSESで鯖缶予定です。で、資格取得を並行してやっていきます。
SESを選ぶのがどうなのかは正直やってみないと分からないけれど、情シス時代の業務の中でも保守運用大好きだったので好きなことで経験値積めるのは悪かないと思っております。

おなかすいたからそろそろご飯食べてこよっと。今日はここでおしまい。