やるだけやったら出たとこ勝負

言い訳の出ないところまでやってやりたい、と思う意識そこそこ系会社員の記録。

電車旅の話

今週のお題「遠くへ行きたい」

 

在来線で移動して少し遠くに行くのが好きで、そういえば最近出来てないなぁと思い出しました。

 

今行けるとしたらどこがいいかな、播州赤穂滋賀県(湖西線乗りたい)、福知山、亀岡…関西近郊だけでも結構思いつきます。

 

電車に乗っている時間、窓の外の景色の移り変わりを見るのが好きで、遠くへ行けば行くほど身近な景色と違うものが見えて、ずっと乗っているだけでもこんなに楽しいんだ!ってなるのが好き。

通勤と家にいる時間と、もう少し何か必要で、それが遠くへ行くことで電車旅なんだろうね。

低用量ピルのことなど

このところヤーズフレックスで検索かけてDMで質問貰ったりがあり、生理周期コントロールPMS改善のために何を飲んでいるか、それはどんな作用があるかって気になって検索かける人多いんだなぁと思いました。
かくいう私もその一人なので、気持ちはとても分かります。副作用とか薬代とか気になるよね。
ピルは万能薬ではないので誰にでもすすめられるものではないという認識と、ただ私にはだいぶよかったのは確かなので、服用を続ける人としての情報発信はしてもいいのかなぁと思います。
もちろん最終的には自ら婦人科行ってorスマルナで処方とかですが、むやみに飲むことを推奨したりもしくは不安を煽ったりはなくなってほしいと思います。

あと、ピルに対しての知識を持たない人たちへ。
自分が理解を足りないという認識をできればもっていてほしいです。
自分が理解が足りないなら、それを指摘されたときに素直に受け止めること。
素直に受け止めることが難しいなら、言及せず黙っていること。
黙るのが難しいなら、こっちを見ないでください。



 

インターネットが人を殺した訃報と、それでも尚インターネットご意見番は存在するだろうということ、そしてまた私も殺す側の一人である可能性が常にあること、限界だなと今日も。

最近の暮らし、服薬のこと、変化と受容

いわゆるコロナ禍となり数カ月経ちました。

リモートワークできそうでできない職でして、まあそういうこともある…と淡々と働いています。

 

・暮らし

観劇と音楽を引いて、残った部分を楽しみながら暮らしています。

どっちもないのはやはり寂しいもので、この状況で仕方がないとはいえ、何ができないかな…という気持ちがあります。

寝て食べて働いての繰り返しでも生きていけるけれど、人はそれのみで生きるにあらず。余白とか遊びとか必要なのです。

埋められない穴を認識したときは無理に埋めようとせず、他の楽しみを増やしたり、手元にあるものに集中したり、スケールを変えることに目を向けるといいかもね。

最近は仕事がらみの映像教材購入して毎日一時間見て、その内容を人に説明したり、職場で何勉強したかの話題で盛り上がるのが楽しいです。向上心のある話は良い。

・服薬

抗うつ剤睡眠導入剤を、医師の指示のもと4月末に卒業しました。離脱症状なのかな、良くない夢を見たり(寝てはいけないという強迫観念的なもの)よく寝れなかったりなんか色々あったけど、とりあえず断薬です。もう現時点では離脱症状抜けてるらしい。

発達障害をみてくれるクリニックには通っています。どこまでのペースでみてもらうのが必要かなあとかそのへん要調整です。

これで今飲んでいるのはヤーズフレックスのみになりました。こちらは幸い相性が良かったようです。(ピルは合う合わないあるので)

・変化と受容

抗うつ剤を断薬してから、もしかして、毒親育ちとか自閉症スペクトラム障害とかの属性や過去といった変えられないものを拠り所にして不幸依存してたんちゃうかとふと気づきました。

そして依存と離脱症状はセットで、不幸のほうが居心地がよいというか幸せに居心地悪く感じては不幸に目を向けそっちに寄ろうとする。依存だし、自傷だ。

そんなことしなくても生きていけるよ、大丈夫だよ、自分の判断で選択して自分を幸せにしようね、と言い聞かせる日々です。

「そうは言っても自分の人生なので」←ほんとうにそれ。

春っぽくない話、春を迎えるための話。

健康保険組合から、医療費の明細書が届いた。

2019年7月~12月分までだけど、結構な額だなあ。

今年は幸いにして確定申告の期日が伸びたから、今一度医療費の領収書と突合して確定申告しようと思う。

 

今飲んでいる薬はもう1年以上の付き合いになる。

抗うつ剤で太るなんてまさかそんな、と思っていたけれど、自己管理の至らなさと数字に向き合えないことからとても太って、鏡を見るのも体重計に乗るのも嫌だったな。

食事記録つけて、毎朝体重はかって、ストレッチと筋トレして、成果が出るように頑張っているよ。
頑張ることを頑張るのでなくてね…

減量はやり遂げたいし、資格取得とTOEICで弊社の仕組み上評価されるところで加点していきたい。
センスがないならないなりに、出来るやり方で。

もう気温は上がり春の兆し、世間はどうあれ時間は過ぎる、日は過ぎる。
今年も、どんな年にしようかと思う間に過ぎていってしまうから、せめて何か続けられることを続けて。

変わっていきましょう

一月のブログがどうにも暗くて笑っています。

相変わらず、「人並が出来ない」に引っかかってちょっと病んだりちょっと泣いたり自分が崩壊しかけたり散々ではありますが、夜逃げして半年が経過し、人生は安定して快方に向かっているように思います。
恨み言ばかりでは変われないと気づいて、意識して楽しいことを選んでいます。

ヤーズフレックス導入した経過とか、心療内科で処方される薬とダイエットとか、お仕事は半年先一年先を見据えつつも今この一瞬を大切にとか、かきたい話たくさんです。
ゾウの話も、読書ログもたくさん書きたい。
書くことで軌跡を残して次につなげていきたいです。

この愛すべき世界、何かを憎み続けるには広すぎて、まぶしすぎて。

料理

実家にいたときの話を含みます。

一人暮らしを始めてそろそろ5か月になる。
電子レンジ調理で済むレシピか、IHでフライパンを使い肉か魚を焼くくらいの料理を続けている。

一番重宝しているのが

mariegohan.com

このサイトおよび、若菜まりえさんの御本と動画。

電子レンジや、フライパンを使った凝っていない加熱でおいしいものができるのはありがたい。また、調理プロセスや衛生面についても詳しく記載されている。

実家にいたときはとにかく、
「お前は教えたことができない」
「教えたことをことごとく無視する」
「人に食べてもらう、めしあがれの精神がない」
「私(母親)がいなくなったら誰が父に肉じゃがをつくってあげるの」
「お金を出すからお料理教室に行きなさい」
「お前がやっていることは料理ではなくて実験。人に食べてもらう姿勢がない。」
等々母親から言われていた。

実際のところお料理教室に行く、しかも人のお金でとなると結構な重荷だし、その時間を運動とか勉強に充てたいし、どうにも気乗りしなかった&そもそも成人しているのに人のお金でなんとかなろうとしている自分が惨めだった。

料理できない、人に振舞うに相応しくない、けどお弁当を自分で作るのは好き、自分好みの味付けのものを毎日食べられたらいいな、と思って電子レンジ調理メインで日々料理しています。

我が家に人を呼んで料理を振舞うことで多少なりとも卑屈さの解消になったし、大きく体調を崩さず生きていけてるので、今はこれでいいんだろうな。

今後もこのままでいいかは分からないけれど…

母親は、お花のお免状を持っていたり、ベターホームのお料理教室に通っていたりした。
しかし家事と仕事に忙殺され子育てで消耗する中で身に着けたスキルが役立つことはなくなっていったのでしょう。手入れされていない子供用包丁(私が小学生の時に料理を初めて覚えるときに購入されたもの)が食卓に放置され、飯炊きとしての役目は果たしているからこれでいいだろう、という姿勢で食卓を切り盛りしている様子がうかがえた。

私も将来こんな風になるのかな、消耗するのかな、料理が義務になっちゃうのかな。
わかんないね。

とにかく今は、自分が食べる分をレシピ通りに作って過ごそうと思う。

自分が生きてきた世界とかこれまでとか

完璧であろうとして心配されないようにしようとして、上辺をつくろうとしていたけれど結局それができてなかったよ、の話。

自分を過大評価しすぎているのと、期待には応えられて当然で、期待されたかった(≒愛されたかった)から先に結果を出してから期待して貰えるようになろうとしていた時期がありまして。っていうか今もそれは引きずっていまして。

度々話題にしてるかもしれないししていないかもしれない、ログ掘るのも面倒なので直で書くと、小学生の時分にアスペルガー症候群の診断が降りていまして。
鬱傾向があるのもアスペの二次障害かなあ、でも環境ガチャとかいろいろなんかな、とぼんやり思っています。
ふと思い立って、私にアスペルガー症候群の診断を下した先生の名前で検索したら、今も元気に働いてらっしゃるみたい。
そもそも弟の発育や行動が「普通じゃない」みたいだから診察してもらって、ついでに私も診てもらったら、なのですが。

後日、成人してから母から聞かされた話は、「弟よりあなたのほうがアスペルガー症候群としての度合いは重い」というものだった。
そっかwwwwwくらいにその時は受け止めていたけれど、ところどころ引っかかりは出てきて自分を苦しめるもんだなあ…
私にそれを告げること自体がもう私が存在する答え、私を育てなければいけなかったことへの答えが出てるよね、*************と思う。
診断されていなければよかったのか?行動特性が診断により把握できるだけでそれは言い訳にもなんにもならなくて、そしてつける薬もなくて(これはガチ、抗うつ剤はあってもね)、ただただ世間への折り合いつけながら生きてくしかない。
ちょっとWISCⅢで言語性IQ高いからってそれだけじゃん、それが何の役に立った?
それで「自分は他の人と同じように暮らせる」だなんて、傲慢だよ。

自分を「健常者」側だと思えないんですよ、全く。
いつどこでわらわれる側になるかわからなくて、見えてる世界から引きずり降ろされるのは遠い話でもなんでもなさそうって。
しかしながらもう実家は離れましたので、過去と属性を引き合いに私を虐げる人は遠ざけましたので、自分が生きてきた世界からは離れないといけないなぁ、って…

発達障害の当事者会とか行ったほうがよさそうなのかな、しかし他の発達障害を持つ人と交流したいかというとそうではない…音楽とか観劇とかよりそっちに時間とお金を使うべきなのか、認知行動療法で「まともな人間」に近づけるようやっていくほうが先なのか、それがぜんぜん楽しいと思えなくてやってない…だから歪んだままここまで来たんだろうな、わかるよ。

「ちょっとはまともになってよ!」って何度も言われた、その「まとも」が**とか**が基準じゃないことも今になって察した、誰かの思い通りになることがまともになることなのかな、わからないな、でもそれは答えの一つではある。

まともにするためにとか「わからせ」をやるための***とか**だったのかな、両親は私をどうしたかったのか。これまで課金してきたもとはとれたのかな…もう離れたから知る由もないが、コスパ悪くなかったらいいなぁなんて思う。

趣味とか全部捨てたら誰かの思う「まとも」になれますか、って思う気持ち、それやったらいきてる意味ってなる、捨てるにはあまりにもつぎ込みすぎた、アイデンティティを置きすぎた。

何度も何度もこういった話をしているけれど自分の中で未だに解がないんですよ、そして「なぜ生きているのか」にもつながる。
「なぜ生きているのか」を探すためにもまだ生きているんでしょう。

あなたの生きている理由はなんですか。